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札幌高等裁判所 昭和53年(う)236号 判決 1979年4月27日

主文

原判決を破棄する。

本件各公訴事実中、原判決が罪となるべき事実として引用している昭和五三年八月八日付起訴状記載の窃盗罪並びに同年一〇月六日付追起訴状記載の第一の住居侵入罪、同第三の窃盗罪、同第四の各詐欺罪、同第五の業務上過失傷害罪、同第六の無免許運転罪及び同第七の救護義務違反罪につき、被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

本件各公訴事実中、原判決が罪となるべき事実として引用している昭和五三年一〇月六日付追起訴状記載の第二の窃盗の罪につき、被告人に対し、刑を免除する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人中村義正が各提出した控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

まず、被告人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意中二(事実誤認ひいては法令適用の誤の主張)について検討するに、所論はいずれも、被告人は原判決の引用にかかる昭和五三年一〇月六日付追起訴状記載の第二の窃盗罪(以下、「本件窃盗罪」という。)の犯人であるが、その犯行当時、その被害者三名(甲斐俊光、甲斐紀光及び松岡郁哉)と被告人とは同居の親族の関係にあつたから、本件窃盗罪については、刑法二四四条一項前段により刑の免除の判決がなされるべきであるのに、右被害者三名と被告人との間の前記関係を認めず、本件窃盗罪につき右規定を適用しなかつた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認ひいては法令適用の誤があるというのであるが、一件記録を精査検討してみると、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人が本件窃盗罪の犯人であること、すなわち、被告人が昭和五三年七月一九日午前九時三〇分ころ千葉県市原市西国吉四七番地の一所在の畑中アパートの二階二号室(松岡八郎が借用中の居室。以下、「本件居室」という。)において、甲斐俊光所有のカメラ一台(時価五万円相当)及びバツグ一個(時価約五千円相当)、甲斐紀光所有のカメラ一台(時価約二万円相当)及び現金二千円並びに松岡郁哉(以上の三名を、以下、「本件被害者」という。)所有の現金約九千円を窃取したことが明らかであるところ、原審で取り調べられた<証拠>と当審における事実の取調べの結果<省略>とを合わせて検討すると、被告人と本件被害者とは従兄弟(甲斐俊光と同紀光とは、いずれも被告人の母の実兄である甲斐新一の実子であり、松岡郁哉は、被告人の母の実妹である松岡節子の実子である。)の関係にあり、松岡八郎は、松岡郁哉の実父であつて、本件居室を賃借して本件被害者を同室に居住させていたものであるが、被告人の母からの依頼により、昭和五三年五月中旬ころ被告人を手許に引き取り、それ以来被告人を本件居室に住まわせ、被告人においても、じ来同室を自己の唯一の生活の本拠とし、同室において本件被害者と起臥飲食を共にし、かつ、松岡八郎輩下の大工として本件被害者と共に働いていたところ、同年七月一六日未明、前記畑中アパートのすぐ近くにある奥山清治方に侵入し(原判決引用の前記追起訴状記載の第一事実)、右清治の妻に騒がれて本件居室に逃げ帰つたのであるが、奥山方に被告人の指紋が残されているため、右住居侵入は自己の犯行であることが早晩発覚するであろうとおそれ、逮捕されたくないとの念から、取り敢えず同アパートを離れて善後策を講ずるべく、同日午前一〇時三〇分ころ、八郎や本件被害者に無断で、着のみ着のままの姿で、すなわち被告人所有の身の廻り品全部を本件居室に残したまま、同アパートから逃げ出し、その後は帰室したいと考えつつも帰室すれば逮捕されるとのおそれから帰室をためらい、千葉市や市原市姉ケ崎の安宿を転々とするうち、同月一八日の夜になつて、母親が住む札幌市に帰ろうという気になつたけれども、これを実行するためには、本件居室に置いたままの身の廻り品を持ち出すために帰室しなければならないとか、兎に角一旦帰室したうえで最終的な意思決定をしようとか、その際には八郎に身の振り方を相談しようとか、あれこれ思いをめぐらし、かくて翌一九日午前九時三〇分ころ、本件居室に立ち戻つたが、その時点において、八郎も本件被害者も既に稼働のため出掛けてしまつていたので、被告人は、八郎や本件被害者に無断で札幌に帰つてしまおうと決意し、本件居室においてあつた被告人所有の身の廻り品全部を自己のスーツケースに詰めて持ち出したが、その際旅費作りのために本件居室内にある本件被害者所有の金品を盗み出そうと考え、もつて、本件窃盗罪を犯したものであり、他方、八郎及び本件被害者は、奥山方への前記住居侵入の事犯があつた後、間もなく、右事件を知り、この犯人が、あるいは被告人ではあるまいかとの疑念を抱きはしたものの、被告人の身廻り品一切が本件居室に置かれたままになつていることとか、被告人においてこれまで無断外泊することがあつたことから、被告人が同月一六日以降帰室しないのは、単なる無断外泊ではないかとも考え、右の疑念を打ち消しつつひたすら被告人の帰室をまち、ことに八郎においては、被告人が立ち帰り次第前記侵入事件につき事実を糺すとともに被告人の身の振り方について種々配慮しようとの心境にあつたものであり、本件被害者も八郎も、同月一九日の夕方、仕事先から帰室し本件被害者の所有物件を前述のとおり被告人が盗んだことを知るまでは、被告人との従前の生活関係を解消する意思を全く有しておらず、かつ、被告人が本件窃盗罪を犯したときまでは、被告人の動静や心情につき何ら情報を得ていなかつたのであるが、被告人が早晩本件居室に立ち戻り、同居関係を継続するであろうと期待し、その際にはこれを迎え入れてやろうと考えていたことが認められるところ、刑法二四四条一項前段にいわゆる同居の親族とは、犯人と事実上居を同じくして日常生活をしている親族をいうのであるが、右認定のごとく、親族とそれまで同居関係を続けていた被告人が、逮捕を免れるために、同居者に無断で同居場所を出て僅僅三日間、住居を定めず転々と身を隠していたのち、右場所に立戻り、同居者不在の間に被告人の所有物品を持ち出した際その親族の金品を窃取した場合、たとえ被告人において、右同居場所に立ち戻つたとき、右同居場所から確定的に退去する意思を抱いたとしても、右窃取の時点においては、被害者側においても被告人が早晩右同居場所に立ち戻り、同居関係を継続するであろうと期待し、その際にはこれを迎え入れてやろうと考えていた以上、本件窃盗罪発生の段階においては、いまだその親族との同居関係が解消されていないと解するのが相当であり、してみれば、本件窃盗罪については、窃盗犯人たる被告人と本件被害者との間に、刑法二四四条一項前段の適用を受ける同居の親族関係があつたとしてその刑を免除すべきであるにかかわらず、右同居関係を看過し、本件窃盗罪についても、その余の原判示の各罪と共に併合罪の処理をして原判決主文の刑の言渡しをした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認ひいては法令の適用の誤があるから、本件控訴趣意中、弁護人の量刑不当の論旨に対する判断をするまでもなく、原判決は、すでにこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所において、更に次のとおり自判する。

(本件各公訴事実中、原判決が罪となるべき事実として引用している昭和五三年八月八日付起訴状記載の罪並びに同年一〇月六日付追起訴状記載の第一及び第三ないし第七の各罪について)

原判決が確定した各事実に原判決挙示の各法条を適用して、刑期及び犯情が最も重い昭和五三年八月八日付起訴状記載の窃盗の罪の刑に併合罪の加重をした刑期の範囲内において、後記情状を考慮して被告人を懲役一年六月に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

量刑上考慮した事情<省略>

(本件各公訴事実中、原判決が罪となるべき事実として引用している昭和五三年一〇月六日付追起訴状記載の第二の窃盗罪について)

原判決が確定した事実は、刑法二三五条に該当するか、前述のとおり、これは、同居の親族の間において犯した窃盗罪であるから、同法二四四条一項前段により被告人に対し、その刑を免除することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(山本卓 藤原昇治 雛形要松)

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